超意識について知識を深めるにつれて、倉本聰さんのお話を思い出しました

超意識についての気づきが止まりません。
運がいいとき、「なに」が起こっているのか?
という本を読んでいて、
自分の過去の奇跡的な出来事は、
超意識と言われる領域からのメッセージだったんじゃないか
と、
認識を固めつつありますが、

 

ふと、2009年に放送されたオーラの泉というテレビ番組を
強烈に思い出しました。

 

オーラの泉とは、
江原さん、三輪さん、国分さんが
ゲストをお呼びして、その方を中心にお話をしていくという番組でしたが、

 

他の方のお話は全然思い出せませんが、
「北の国から」を脚本した倉本聰さんのお話が
強烈に記憶に残っています。

 

 

彼は「北の国から」は、自分では書いたわけではなく、
誰かが自分に憑依して書かされたんだという意識が強いそうです。

 

疲れを感じず、眠気も感じず、すごい集中力で1日中執筆ができる、
書いている間には、ほぼ意識が無いそうで、
そのぶん、終わった後に数日寝込んでしまうことを
繰り返していたんだそう。

 

知り合いの霊能者に相談したら、
「当たり前だ、君が書いてないから。
何か、神様に書かされているから」という回答だったそうで、
今まで賞を取ったことなかったのに、
いきなり8つほどの賞を受賞したんだとか。

 

いきなりの賞ラッシュを受けて、傲りが出てしまう。
この賞は神様ではなく、自分の実力でとったんだ!」と
エゴをうみだしてしまったとたん、
それから4年ばかり、全く書けなくなったそうです。

 

その4年間は、かなり辛く、もがいたそうです。

そんなころ、テレビのドキュメント番組で
棟方志功さんという、世界的な板画(版画)の巨匠の
インタビューをみることがあって、

 

僕は自分の作品に責任なんて持てない。
だって僕が作ってるんじゃないもん。
神さまが作らせてくれてるんだから。

という言葉を聞いて、はっとさせられたんですね。

アーティストっていうかクリエイターっていうのは、 やっぱり、霊とか神様に奏でられる良い楽器であればいいんじゃないかっていう考えが生まれて。

何か自分がのりやすい、
澄んだ清らかな魂に自分をおいておけば

いいものを持ってくれるっていう
『北の国から』あたりからですけれども、
ほとんどやっぱり『自分で書いてる』って気はしませんね。

 

 

このお話が、
超意識と潜在意識との関係を指しているしか
もう考えられなくなってきました(笑)

 

無駄な心配や、自分の力でなんとかするんだ!というエゴを少なくすれば、
超意識が才能を開花させてくれるような。

 

とはいえ、
倉本聰さんは、5歳のころからお父様に宮沢賢治を
週に1冊読まされていたんだそうです。

 

意味はわからなくていいから、リズムを覚えろ
というお父様の教えだったらしいですが、
このような下積みというか、基礎を築いていることも
大切なことのように思います。

 

なぜかわからないけれど、
いつか役に立つのかもしれない、
そのような直感があれば、真摯に受け止めるっていうのも
大切なことなんですね。

 

 

わたくしごとですが、降りてきたことあります。

 

私自身、今の収入の基礎になっているものを
生み出した瞬間は、お風呂の中でしたし、
書き物が身近になくって、大慌てで、
洋服を着る間もなく、携帯メモに一心不乱に打ち込んでました。

 

人に話をするとき、
「何かが下りてきたんです」と冗談交じりで話してましたが、
この放送をみたときに、
あぁやっぱりそうなんだ。と思っていました。

 

 

でも、これらは特別なタイミングなのかと思っていましたが、
超意識は、いつも常に様々なヒントを与えてくれてて、
素直な気持ちでそれを受け取ればいいんだと、
改めて学べた気持ちになって、嬉しかったです。

 

 

超意識、すごい!
神様?も、すごい!!

 

2016.12.04
追記です。先日、槇原敬之さんが大ヒット作品の誕生秘話をテレビ番組で語っておられ、降りてくる思考として記事をまとめました。併せて読んでいただけると嬉しいです。
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