開祖先生のお話より

 

大窮地に陥った時こそ、度胸の見せ所です。
一切を捨ててしまいましょう。

 

地位も名誉も財産も、思いも寄らぬ突如として現れる奇跡である、
全てを神様にお任せして、無になった瞬間に起ります。

 

九頭竜弁財天は奇跡の神様です。

どんな苦難に出合っても、恐れ・憂え・怒りなどの私情雑念を捨てて、
運を神様にお任せする明朗清浄な心境に達したとき、
奇跡を授かり窮地を脱することができます。

(窮地を)宿命だと思い込んではいけない。

 

まず大神様の御前で心を統一して、
お祈りを捧げた時に神様と人とが一体になれる。

参拝の日数も多く、回数も多いほうが、神様への念願も早く通じると思います。
精神を集中して一心に祈ると、念願が成就されます。

京都八瀬 九頭竜大社

 

神社にはお願い事をしにいくのではなく、「頑張ります」と宣言しに行くんだという話はテレビで細木数子さんがおっしゃられていたのを覚えています。

 

そんな情報を頭に入れながらも、神頼みに行くことはやめられませんでした。そんななか、今日、参拝をしているときに、ふと、お宮の中にあるのは、鏡。つまり、神様というのは、神社にいるのではなく、その鏡の中、つまり、自分の心にいるのではない?と思ったんですね。

 

内在神という言葉が存在しますが、まさに、ですね。

 

自分の外に何かを求めるのではなく、内側に対して、覚悟を宣言する。その場所が、神社であっても、どこであってもいい。ただ、シンボルとして、神社があるのかなーなんて思っていると、帰りに、上記にある張り紙を発見しました。

 

願いを叶える、奇跡を与えてくれるのは、内側にある「超意識【集合意識】つまり神様」であって、雑念でもある不安や不満は「エゴ【潜在意識】」は無にしてしまおう、といった解釈もできるのかもしれませんね。

 

神社には、お願い事を言いに行くのではなく、自分の内側にある神様に、願望を伝えに行くお作法のようなもので、私はこの九頭竜神社の独特なお参りの仕方が気に入ってます。

 

社を9周回り、その間にたくさんお辞儀する。「自然に生かされている」ということに感謝すると、「おかげさま」という言葉がわいてくる。そう、明朗清浄な心境に達しやすいのかもしれません。

 

文章の締めに書かれている「参拝の日数も多く、回数も多いほうが」という言葉をみて、潜在意識の達人、バキュさんのブログの一文を思い出しました。

 

願望について考える回数を増やすことは、執着を強化させるんじゃないかなーとか、「ない」という意識を強化させてしまうので、あまりよろしくないと思っていたのですが、

 

願いと言っても、どこに意識をあわせるかで全く正反対の効果を与えるようです。

 

「欲しい」と思っている状態は、「ない」状態でもあるので、欲しい欲しいと繰り返すことは、願望実現からどんどん離れていってしまいます。

 

逆に、達成した後の状態は、もうすでに「ある」状態なので、今現在みえなくて、信じられないかもしれませんが、「ある」という状態に、感謝をする、それを数重ねることで実現が加速していく、んではないかなーと思いました。

 

願望は、ネガティブでも叶う。
執着していても叶う。
だって、自分がそう決めるのだから、という意思を改めて強くできた一日でした(o^-^o)

 

何かを望むなら、その事柄を寝ても覚めても、ひたすら想い続けよ
そうすれば、たとえ、よこしまな思いでも叶えられる

道元 禅の高僧

 

 

追記;

 

このお隣にある鞍馬山も、世界的に有名なパワースポットです。ここは金星から来た守護神が祀られており、宇宙と自分自身をつなげる数少ないパワースポット。

 

ここに来る僧侶は、ここの宇宙パワーを得ることで、自分自身を見つめなおすためにくる。修業とは自分を見つめなすことで、日常でも、外に原因を求めず、自分を掘り進めていくことで十分修行ができるんですが、時々こういった世俗と離れた場所で、自己を見つめなおすことも大切な時間なんですね。